今日は森町からのお知らせです![]()
娘が通っている渡辺バレエ教室の10周年記念公演、ここ森町のミキホールにて行われます。
3/27(日)
12:00開場 12:30開演 となります。
これはゲネプロの様子をこっそり撮っちゃいました。
↓ ↓ ↓
10周年公演に向けて最後の追い込みです。
ミキホールを出ると外は真っ暗でした。
さすがに朝からの稽古はぐったりしてました![]()
みなさんの期待を裏切らない作品ですので、ぜひご来場下さい。
お待ちしてます![]()
2011年03月23日
カルメン♪♪♪
2009年06月11日
とうもろこし
2009年03月24日
Wやったぁ!!
今日は良いことが2つありました。
1つはWBCで日本が決勝で韓国を下したこと
2つ目はこれ↓ ↓ ↓

地元の商店街のカードがたまったので応募したら商品券当たっちゃいました
たとえ500円でもうれしかったです。地元の商店街で買い物しててよかったぁ。。。
500円の商品券でこんなに喜んでたら宝くじで一等当たったらショック死するかも
朝のテレビの占いでは12位のビリだったけど良い事2つもあったよ
1つはWBCで日本が決勝で韓国を下したこと
2つ目はこれ↓ ↓ ↓

地元の商店街のカードがたまったので応募したら商品券当たっちゃいました
たとえ500円でもうれしかったです。地元の商店街で買い物しててよかったぁ。。。
500円の商品券でこんなに喜んでたら宝くじで一等当たったらショック死するかも
朝のテレビの占いでは12位のビリだったけど良い事2つもあったよ
2008年08月16日
感謝☆
風もあり、暑くもなくとってもいい花火大会でした。。。といいたいところですが!
ちょっとしたハプニングもあり嫌〜な光景を見てしまったのです。
花火も最後のスターマインが終わり、今年も楽しかったね〜で片付けをしながら親水公園を後にしようとしたんですが、始まる前はあんなにキレイだった芝生の上にはゴミ ゴミ ゴミ
せめて自分たちで持ってきたゴミぐらいは持ち帰ろうよ〜なんてがっかりしながら帰宅しました。
家に着いたとたん子供が、
『財布忘れた・・・
『どこに〜?
『芝生の上・・・』
もう無いだろうなぁなんて半分あきらめながらも急いで置いてきた場所へ直行
案の定、財布は見つからない。それどころかさっき散乱していたゴミもキレイに片付けられていました。花火が終わって15分も経っていないというのに。
お掃除の人に感謝しながらも横で財布が無かった事に大変ショックを受け泣いている息子を見て、もうちょっとお掃除は後からでも。。。なんて少し思っちゃいました。
いけませんね。こんな良い花火を見られるのもこうやってボランティアでやってくれている方のお陰なんです。感謝です。
で、肝心のお財布はというと・・・
警察署に届けられていました。しかもお掃除の方が名乗らず置いていってくれたそうで、またまた感謝でした。
警察署には花火大会ということもあり、今まで見たこともないくらいの大勢の警察官が待機しており、息子は初めて警察署に行き、半べそをかきながら財布の特徴を7.8人の警察官の方に説明してました。
2008年08月09日
☆花火大会☆
2008年08月02日
暑い暑いと嘆くよりは・・・
2008年07月17日
ケーキ屋さん
2008年07月05日
優煎茶のホットドッグ
2008年07月04日
小國神社のカフェテリア
2008年06月28日
ドライブに最適!? 和カフェ誕生
2008年06月12日
2008年06月07日
ことまち横丁なわけ。。。
今日もいいお天気
で汗ばむ陽気でしたね。
ここ森町の小國神社の花菖蒲も見頃を迎え大勢の人が訪れています。
当店、ヤマチョウも小國神社のとりいの横に売店を出店したのはみなさんご存知でしたか?まだ仮店舗なのですが10月の下旬にオープンしますので楽しみにしていてください!
そしてこの売店周辺の名前を募集したところ、たくさんのご応募をいただきました。ありがとうございましたm(._.)m
話し合いの結果『ことまち横丁』に決定!!
なに 『ことまち(・−・)・・・?』って思った方にご説明しましょう。
続き・・・
ここ森町の小國神社の花菖蒲も見頃を迎え大勢の人が訪れています。
そしてこの売店周辺の名前を募集したところ、たくさんのご応募をいただきました。ありがとうございましたm(._.)m
話し合いの結果『ことまち横丁』に決定!!
なに 『ことまち(・−・)・・・?』って思った方にご説明しましょう。
続き・・・
2008年06月06日
森町名産品
2008年03月18日
さくら
もうすぐ森町のさくらも見頃となります。
太田川の堤防沿いの桜なんかオススメです!
お花見の幹事は3月はじめになると花見情報を気にして、花見のときにちょうど桜が満開になるように日程を決めなくてはなりません。その為一歩間違って、前日雨なんて降れば桜が散ったあとの花見になってしまうことも。。。
逆に早すぎて桜が咲いていない中、宴会なんてこともありましたっけ。
まぁ、みんなと集まってワイワイお酒が飲めればいいですけどね。
平年並みなら4月の第一土曜日、日曜日が満開ですごくキレイですよ。
それと同時に『天宮神社』でおまつりがあります。ここの桜もとってもキレイですが、おまつりで奉納される『十二段舞楽』がすばらしく、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
ぜひ十二番目まで見てください!子供たちが縄をもって大人を追い掛け回したり、二の舞ではお爺さんがお婆さんをおぶったりとちょこちょことおもしろいのも見れます。
さぁ ここでメルマガの答えです。答えを読む
太田川の堤防沿いの桜なんかオススメです!
お花見の幹事は3月はじめになると花見情報を気にして、花見のときにちょうど桜が満開になるように日程を決めなくてはなりません。その為一歩間違って、前日雨なんて降れば桜が散ったあとの花見になってしまうことも。。。
逆に早すぎて桜が咲いていない中、宴会なんてこともありましたっけ。
まぁ、みんなと集まってワイワイお酒が飲めればいいですけどね。
平年並みなら4月の第一土曜日、日曜日が満開ですごくキレイですよ。
それと同時に『天宮神社』でおまつりがあります。ここの桜もとってもキレイですが、おまつりで奉納される『十二段舞楽』がすばらしく、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
ぜひ十二番目まで見てください!子供たちが縄をもって大人を追い掛け回したり、二の舞ではお爺さんがお婆さんをおぶったりとちょこちょことおもしろいのも見れます。
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2008年03月05日
森山焼
2008年02月01日
森町ロードレース大会
2008年01月24日
森の天気は・・・
2008年01月18日
ありがとう
2008年01月15日
森の石松
みなさん!突然ですが『森の石松』ってご存知ですか?
ちょんまげに片目の眼帯姿を思い出された方、正解です。『森の石松』と言われるだけあって森町にとても深く関係があるようです。
では、ご存知でない方にご説明しましょう。。。
森の石松とは・・・
三河の生まれ、代々名乗った庄屋も勤めたことのある家柄であったが、石松の父の代に没落し、父親は幼い石松を連れ森町に流れてきた。ある日神社の祭礼の日雑踏の中で幼い石松は迷子になった。その頃、秋葉街道一帯に縄張りを持ち、遠近に侠名をはせてた森の五郎親分に迷子の石松は運よく拾われ少年時代を森町で過ごした。
その後、清水次郎長と親交のあった五郎親分は18歳になった石松を次郎長親分の下に預け子分となった。後に石松は次郎長の下で腕を上げ石松、大政、小政、仙右衛門は次郎長子分の四天王と呼ばれ、その中の一人として仲間からも愛され、また次郎長には子供のように可愛がられた。
ある日次郎長は恩を仇で返した八尾ヶ嶽の久六を仕留めた刀を讃岐の金毘羅宮に奉納を思い立ちこの代参の役目を石松に頼んだ。この代参まいりの帰りに都田村(現浜松市都田)の都鳥吉兵衛兄弟にだまし討ちに会い悲惨の最後を遂げた。万延元(1860)年6月17日であった。
石松は、極めて正直、単純な性格であったが、正義を尊び、不義背徳を憎み、横暴な権力に反抗し、常に弱者の味方であった。当時の侠客社会にあっても稀にみる快男児であったと言われる。
そしてここ森町『大洞院』には石松の墓と、次郎長の碑があり、石松の墓前には焼香が絶えない。また墓は今もなお、多くの人に削られ現在の墓は3回建て直され一度修理したものであるのです。
勝負運の寺として知られる『大洞院』は観光スポットにはもってこいの場所。 今の時期、受験生も多く訪れるというところなのです。
ということで・・・メールマガジンの答えです。
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ちょんまげに片目の眼帯姿を思い出された方、正解です。『森の石松』と言われるだけあって森町にとても深く関係があるようです。
では、ご存知でない方にご説明しましょう。。。
森の石松とは・・・
三河の生まれ、代々名乗った庄屋も勤めたことのある家柄であったが、石松の父の代に没落し、父親は幼い石松を連れ森町に流れてきた。ある日神社の祭礼の日雑踏の中で幼い石松は迷子になった。その頃、秋葉街道一帯に縄張りを持ち、遠近に侠名をはせてた森の五郎親分に迷子の石松は運よく拾われ少年時代を森町で過ごした。
その後、清水次郎長と親交のあった五郎親分は18歳になった石松を次郎長親分の下に預け子分となった。後に石松は次郎長の下で腕を上げ石松、大政、小政、仙右衛門は次郎長子分の四天王と呼ばれ、その中の一人として仲間からも愛され、また次郎長には子供のように可愛がられた。
ある日次郎長は恩を仇で返した八尾ヶ嶽の久六を仕留めた刀を讃岐の金毘羅宮に奉納を思い立ちこの代参の役目を石松に頼んだ。この代参まいりの帰りに都田村(現浜松市都田)の都鳥吉兵衛兄弟にだまし討ちに会い悲惨の最後を遂げた。万延元(1860)年6月17日であった。
石松は、極めて正直、単純な性格であったが、正義を尊び、不義背徳を憎み、横暴な権力に反抗し、常に弱者の味方であった。当時の侠客社会にあっても稀にみる快男児であったと言われる。
そしてここ森町『大洞院』には石松の墓と、次郎長の碑があり、石松の墓前には焼香が絶えない。また墓は今もなお、多くの人に削られ現在の墓は3回建て直され一度修理したものであるのです。
勝負運の寺として知られる『大洞院』は観光スポットにはもってこいの場所。 今の時期、受験生も多く訪れるというところなのです。
ということで・・・メールマガジンの答えです。
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